= 1 不調和との戦い =

【致命的な過ちとは?】

 

 美しい芸術は命の尊厳を尊重し、生命の繁栄を目指す以上、必然的に持続可能な社会の実現を困難にする邪悪な勢力と対峙することになります。

 

 先の章で、人類に課せられた3つの大義務を説明しました。

 

 ◆美:生命を繁栄に導く大義務

 ◆善:世界を平和に導く大義務  

 ◆真:文明を発展させる大義務  

 

 これらの義務に背くのが邪悪な勢力であり、具体的には、次のような分野で生じます。

 

・感性の芸術(音楽、演劇、スポーツ、ファッション、料理など)に係わるのが、「醜」の行為 

・心性の哲学(法律、行政、福祉、家庭など)に係わるのが、「悪」の行為 

・知性の科学(研究、教育、製造、会計など)に係わるのが、「偽」の行為

 

【致命的な過ちの代償】


I more fear what is within me than what comes from without.  Martin Luther
私は外からくるものよりも、自分の内にあるものをより恐れる。

 

 醜・悪・偽の行為を犯さないことが、極めて重要なのは何故でしょうか? それは人々の自己意識がそれらの行為を認めるようになると、芸術・哲学・科学をゆがませ、不調和を生み出し、社会の持続を困難としてしまうからです

  

◆醜の芸術家による美の虚飾・プロパガンダ・蹂躙・虐待【低俗・鈍麻・変態】

 

 → 人々の美意識の麻痺が、生命の繁栄を脅かし、地球の生態系を破壊する。

 

◆悪の為政者による奸策・汚職・公的記録の破棄・不倫 【私物化・暴力・無恥】

 

 → 国家ルールの荒廃が、人々の道徳観や遵法精神を犯し、治安を悪化させる

 

◆偽の学識者による捏造・虚説・裏口入学【不正確・不合理・不実】

 

 → 科学者や教育者の嘘が、科学の安全性を打ち砕き、地球環境を汚染させる。

    

【一人では何もできない破壊者たち】

  

 醜・悪・偽の勢力が発端となる人間社会の問題は、国家システム内にて人と人との関係人と組織との関係、あるいは、組織と国家との関係にて起こります。

  

 たとえば、組織と国家との関係で不正を働く醜勢は、もっともらしい大義名分を掲げて善人ぶっております。そうした人物の内面を芸術表現を通じて明らかにしてゆくと、彼らの行為のさまざまに絡み合っている動機の中から、そっと触れないようにされている動機だけが浮き上がって見え始めます。

 

 さらに行動を追及すると、彼らは自分の信念を持っていないばかりか、自身の関与した不正の発覚を警戒し、共犯者や関係者の自白を恐れて相手を脅したり、証拠隠滅の行動に出ていることが判明するのが常です。 

 

【調和を乱す癒着】

  

 たとえば、政界人(立法)と官僚(行政)が癒着して不正を働いた末、罪のない部下に証拠隠滅への加担を強要して、組織の資料を焼き捨ててしまう、という具合です。このケースでは、モンテスキューが唱えた三権分立の原理が働いていないという問題に加え、人間の内的な問題としても、大きな禍根を残します。

 

・屈辱に感じた部下の心からは、組織に貢献して国家を良くしようとする夢が消えてしまう。

・破壊者たちは表面的には手を握り合っているが、内心では仲間の醜怪さに不快し、嫌悪し、嘲笑している。 

    

【街を覆う黒い霧】

 

 常道を逸した醜人やその周りの人間の心に生まれた怒り・憎しみ・嘆き・後悔・不安・恐怖などのネガティブな感情は、外界の正常な活動を混乱させます。 

 

 上記の官僚不正事案について、その証拠隠滅を強要された部下が、罪の意識に苛まれて自殺してしまった場合、その同僚、友人、妻、家族などの人生にまで深い爪痕を残してしまう、という具合です。

 

 醜・悪・偽を行う者の心の世界が発生源となり、社会の混乱を招き、不調和の蔓延が進行してくると、その街全体が黒い霧で包まれたかのような不気味な雰囲気を醸し出します。その霧はその地域に暮らす住民たちの内面に悪影響を及ぼし、人々が思い描く「理想の世界」までもが混乱させられてしまうでしょう。