= 12 透明感ある表現の自由 =


【美の守護】

 

 美の輝きは、平和繁栄へ至るための唯一の道です。本来、宇宙の秩序に正統性をおいて人間社会を作るスタンスが文明の根底にありました。 そのようなコミュニティでは天体の動きが重視され、人々は社会は自然の恵みによって成り立つという思い、自然の美しさを尊重する感覚、そして、天然の資源を守る意志を抱いていました。 

 

 美しい自然に触れて自らの健康な肉体を大切にし、ありのままの心に向き合って美しい芸術を創作すると、古代人が備えていたような美意識がよみがえってきます。それは清々しい大自然の癒やしに感謝し、朝と夜に繰り返される景色の中で感受する「持続可能」という素朴な感覚と言えるものです。 

 

【無常を悟る美感】

 

 日本に伝わる「美意識」は、閑寂の中に奥深さや豊かさを、また、枯れ草に趣を感じとったりします。長年の変化によって、自然物はさびれたり、枯れたり、ほころんだりしますが、それらの変化は自然の摂理に適ったもの。

 

 人類は自然の摂理に適った環境下で進化してきたので、私たちの感性は、自然の営みが織りなす、多様で独特な姿に美しさを感じることができます。たとえ秋に山草が枯れようとも、私たちの感性は、次の春には山草の芽が出て生い茂り、豊かな緑の恵みが引き続き人々にもたらされて、子孫の繁栄が保証されることを理解しているからです。

  

【心の世界に宿る自然】

 

 エスプリ画を通じて心の世界を描くことで、私たちの自己意識は、6つのマインド機能(直感、精神、思考、肉体、愛、思考)を自然な働きであり、また、異なる性格を有しているものと感じることができます。

 

 それら内的機能の働きをエスプリ画を通じて明確に認識することで、私たちの自己意識は、心のバランス感覚を身につけて、健全な判断ができるようになります。

 

 このバランス感覚の取得は、多様性ある世界に調和を導く上でとても重要です。本来、人間の欲求は自然なものですが、一つのマインド機能の欲求ばかりが他のマインド機能に抑制されずに肥大してしまうと、不調和の原因となる醜が生まれるからです。

 

【無常に翻弄される感情】

 

 たとえば、ある女性の自己意識が愛情機能(愛されたい)を働かせて、夫の子供を献身的に育てる。彼女の姿が美しいのは、それが家庭にとっての安心や生命繁栄につながる有益なことであり、彼女の生き甲斐や喜びにもつながるからです。

 

 しかしその後、夫が別の女性と不倫をするようになり、それに憤る妻の愛情機能が、夫の愛する娘に対してあてつけに虐待を始めるとどうでしょうか? 

 

 この時、彼女の直感機能(悟りたい)や精神機能(社会貢献したい)は、彼女の愛情機能が先導する虐待行為を止めるようにと彼女の自己意識に訴えるはずです。しかし、妻の愛情機能が怒りにまかせて肥大化してしまい、彼女の自己意識もそれを抑えられずに虐待を続けるようであれば、彼女は生命の繁栄を脅かす醜い者となってしまいます。

 

【手放せない都合良き幻想】


 

 いつの時代でも、一つのマインド機能に執着すると、心の世界に幻想が生まれ、その幻想によって自己意識は「きっとうまくいくだろう」と当マインド機能の声を正当化しようとする。執着によって何が現実かを冷静に見れなくなってしまうため、当の自己意識は正しく考えることも正しく判断することもできなくなります。

 

 一マインド機能に執着した自己意識が、狭い了見の中で、物事を回そうとすると、多くの禍や悲劇を作り出します。夫の不倫という重大事が原因ではなくとも、人の些細なこだわりが人生の大きな道を誤らせることすらあります。 

  

【美と醜の境界】

 

 一つマインド機能を通じた幻想が誘導して、人間の醜さを生み出すため、人の醜さの要因をつきつめていくと、時代の特性、民族の風習、社会制度の歪みなどが如実に表れるものです。

 

 よって、今の社会に生きる人間たちの美と醜の働きを見極めて表現した作品を展示することは、現代社会の問題点を明白にあぶり出して、醜人たちの不正を抑制する力になり得ます。

  

君の胸から出たものでなければ、人の胸をひきつけることは決してできない。
君の胸から出たものでなければ、人の胸をひきつけることは決してできない。