― 美しい地球と、まだ生まれていない命 ―
エスプリデッサンが最上の価値として掲げる「美」は、単に形や色彩が整っていることを意味するものではありません。
美の根底にあるのは、生命が生き続けることのできる環境です。澄んだ水、豊かな森、健全な土壌、安定した気候。そして、その大地において、多様な生命が互いに関わりながら生きていること。そこに、生命の繁栄としての美が現れます。
秋の川を遡るサケは、自らの生涯を終えながら、次の生命を育てます。親サケの身体は、川や森を支える養分となり、さまざまな生命を介して、やがて生まれてくる子サケへと受け継がれていきます。生命は、一つの個体の中だけで完結するものではありません。生と死を越えて、生態系の循環の中に受け継がれていくのです。
生命の繁栄とは、現在そこに生きている生命の数が、ただ増えることではありません。生命を支える生存環境が守られ、生と死の循環が途切れることなく、まだ生まれていない命へと受け継がれていくことです。
次の物語「紅葉に舞う命」は、秋の豊平川を遡る一匹のサケを通して、その美の姿を描いたものです。
澄みわたる秋空の下、セミの声はいつの間にか消え、北風が吹き始めていた。そんな季節の朝に、私は豊平川の河川公園に散歩に出かけた。
紅葉の樹の下で、ひらりひらりと葉が落ち、時間はゆるやかに流れていた。雲が風に流されて、一瞬に日が陰り、あるいは雲の間から薄い日射しが洩れてくる。
すると、川辺に立つ樹々の黄色や赤の葉が、雲間から差し込んだ光を受けて一斉に輝いた。その色彩は、浅瀬を静かに流れる水面にも映し出され、揺れる光となって川の中を流れていた。
その時、私は、その輝く流れに逆らうように泳いでくる一匹の魚を見つけた。それは鱗がボロボロに剥がれながらも遡上してくる、一匹のサケの姿だった。
私が川辺に立っても、その魚は逃げる様子もなく、ゆっくりと向かってくる。私は少し身をかがめて、川の中を覗いてみた。
この川でサケを見かけるたびに、私は、北海道の先住民族であるアイヌの人々が、熊やサケを自然からの恵みとして敬い、さまざまな祈りや儀礼を受け継いできたことを思い起こしていた。
その暮らしには、採集・狩猟・漁労を基盤としながら、自然の恵みを一方的に消費するのではなく、感謝と節度をもって受け取ろうとする精神文化が息づいている。そうした伝統的な知恵は、人間もまた自然の循環の中に生きる存在であることを伝えている。
だから、私にとって、サケは身近でありながらも神秘的な生き物に思えるのだった。その魚の一生に思いを馳せてみた。
毎年、紅葉の季節になるとサケたちは生まれ故郷の川に戻ってくる。エサもとらずに遡上し、山の静けさに吸い込まれていくように、上流の浅瀬にある河床に辿り着く。遠い昔から滾々と水が湧き出でる場所。
サケは、澄んだ地下水が湧き出る純粋な場所で、産卵を行い、その生涯を終える。そして、亡くなった親サケの体は、そこに生息するプランクトンの栄養分となっていく。
やがて春になり、卵の殻を破って誕生した子サケは、そこに生息するプランクトンを食べて栄養を蓄えていく。親サケの身体から生まれた養分は、微小な生物や川の生態系を育て、巡り巡って子サケの成長を支えていく。その河床は、サケの死と生が静かに交わる舞台となっていた。
深い山々の雪解け水が集まり流れる頃、生まれたサケたちは魚群を作って川を下り、その果てに続く海に向かう。
河口付近の海は、濁流が流れ込んで茶褐色に染め上がっており、そこに大きな波が押し寄せては、力強くしぶきを上げる。
海の上にはカモメが飛び交い、濁流に呑まれたサケを狙っている。サケは一瞬一瞬の死への危険にさらされながらも突き進み、その厳しい運命を乗り越えたサケだけが、大海という自由な世界に旅立ってゆく 。
なぜ淡水で生まれたサケが海で暮らし、再び川へ戻ることができるのか。不思議に思い、調べたことがある。
遠い進化の歴史の中で、サケの祖先は環境の変化に適応し、淡水と海水の双方で体内の塩分濃度を保つ機能を身につけてきたという。生命は、自らを取り巻く環境に応答しながら、その姿と働きを長い時間をかけて変えてきたのだった。
過酷な環境の変化に応答し、新たな生存の可能性を切り開いてきたサケ。その姿は、生命が長い時間をかけて受け継いできた適応の力を物語っている。進化の歴史が示すように、生命は環境の変化に応答しながら、その姿と働きを変えてきた。
このようにして、川と海の間を行き来できるようになったサケは、外洋を数年にわたって回遊し、成熟すると故郷の川を遡ってくる。
サケたちが遡上する川の周りにある森は、豊かで美しくなる。森に住むタカやクマがサケをエサにし、その残骸から出る窒素が栄養分となって、森の成長を促すからだ。
豊かな森に暮らすすべての生命には、森との関わり方がおのずと刻み込まれており、目に見えないメカニズムの中で共存していた。
森が醸し出す美しさは、生命の繁栄を象徴している。そこには、多様な生命を受け入れ、育み、次の世代へ送り出す豊かな生存環境が形づくられていた。
――豊平川が青空を映しながら流れている。
水面をなでるように吹く風が、私の前で泳ぐサケの意識を目覚めさせた。そして、自然の意志に身を委ねるように、サケは川の流れに逆らい、再び力強く泳ぎ始めた。
その最後の姿を見送ると、私は静かに目を閉じた。やわらかに呼吸すると、豊かな自然の気配が肌に伝わってくる。川の水は、秋の深まりとともに澄みわたって揺らぎ、清らかな水音が辺りに静かに響いていた。
自然の息吹に包まれながら、私は、自分もまた自然の一部なのだということを改めて感じ取った。木の葉が舞い散る静かなたたずまいの中で、来るべき季節に山奥の河床から誕生する、まだ生まれていない新しい命に思いを馳せた。

サケの命は、一匹の身体の中だけで完結するものではありません。その死は川や森を育て、次の世代の生命を支えます。川、海、森、動物、植物、微生物は、目に見えない関係の中で結ばれ、互いの生命を支え合っています。
エスプリデッサンが掲げる美とは、この生命のつながりが保たれ、次の世代へと受け継がれていくことです。その基盤となるのは、澄んだ水、豊かな森、健全な土壌、安定した気候という生命の生存環境です。そこには、人間にとっての快適さだけでなく、生命の多様性、生態系の循環、そして、まだ生まれていない未来の命も含まれます。
人間は、自然を外側から利用するだけの存在ではありません。自然の一部として、その恵みを受け取り、その美を守り、次の生命へ手渡す責任を担っています。
美を最上の価値とすること。それは、現在を生きる生命だけでなく、まだ姿を現していない未来の生命までも心に迎え入れ、生命が生まれ、育ち、次代へと受け継がれていく地球を選ぶことなのです。