自然でない行いは、自然でない混乱を生む。
The conduct which isn’t natural bears the confusion which isn’t natural. William Shakespeare

= 10 三つの大義務 =

【経済低迷の人的要因の研究】

  

 不純な感覚を備えて不正を働く人間ほど厄介であり、恐ろしい存在はないという真実を私たちは理解すべきです。その本当の恐ろしさは、不正行為そのものよりも、彼らが不正を隠蔽しようと周りを巻き込みながら延々と続ける愚策・偽報から進行する社会システムの劣化です。 

 

 にもかかわらず、学術界における政治経済の研究は、醜い権勢の不正やその悪影響を解明する努力を怠ったまま、経済低迷に関する原因と結果の因果関係を説明しているが故に力強さに欠けます。権力者に都合の良いことばかりを唱える御用学者(真のふりをした偽)すら存在し、マスコミに姿を現して、大げさなパフォーマンスで人々を迷わせます。

 

 これでは、中世期、疫病や感染症が大流行しても、その根本原因が分からず、治療ができずに途方に暮れた医者たちと何ら変わりはありません。 

 

【民意が反映される議論】

 

 私たちは芸術的な表現を通じて、「法の樹木」に寄生する汚職人らの実態、経済動向、国民の生活などに関心を払い、「健全なルール制度により、平等で自由な暮らしが保証されているか?を確かめてみるべきです。

 

 私たち国民は、国会での燐として分かりやすい議論を望んでおり、国民から成果を求められない政治体制では、民主主義を貫くことはできません。 

 

 民主的な投票により、私たち国民が政治家を選出して強い権限を与える以上、その後の活動が正しく行われているかを私たちは当然にチェックする必要があります。選挙を通じて多数派になった政治家たちが、国会を通じて何をやってもかまわないという訳ではありません。 

 

【国家の証拠書類を守る】

 

 一方、未知の疫病などに関する国会議論や政策判断に絶対的な正解があるわけではなく、その効果や成否は、時間が経たないと分からないものです。

 

 だからこそ、行政のプロセスを記録した公文書の保管や国民への説明責任が必要になります。信頼できる記録が残っていることが国家運営の評価には不可欠であり、適正に情報公開されることで、芸術家は社会の営みや人々の暮らしをより鮮明に表現し、政治家に結果責任を求めつつ、政策修正の糸口を作れるようになります。

 

【3タイプの大義務】

私は、自分に日々起きた出来事によって創られた存在ではない。私は、自分自身の意志で選択して築きあげられたものである。
I am not what happened to me, I am what I choose to become. Carl Gustav Jung

 

 エスプリデッサンでは、なぜに美しい芸術の創作に取り組むことを重視するのでしょうか?それは今の人々の暮らしや社会の真実を表現し、心のメカニズムを正常に働かせることで、物事の何が正常(調和)で何が異常(不調和)なのかをより鮮明に感じ取れるからです。

 

 人の心の調和は美・善・真から生まれるものであり、それらの価値を真摯に悟ることで、私たちは3つの大義務を感じるはずです。

 

生命を繁栄に導く大義務

 人間の美意識が、「美しい芸術」を発展させることで、人々の道徳観が養われ、精神力を高める。

 

世界を平和に導く大義務  

 人間の道徳観が、「善い哲学」を発展させて、法の精神を作ることで、人々は希望を得る。

 

文明を発展させる大義務

  人々の抱く希望が、「真の科学」を発展させることで、専門家は忍耐力を発揮し、倫理観を確かなものにする。

 


【主権在民の役割】

内なる自分を見つめると、実は望んでいるものをちゃんと所有していることがわかる。
If we go down into ourselves, we find that we possess exactly what we desire. Simone Weil

 

 これら3つの大義務は、私たちの美意識が主導する普遍妥当なものです。 私たちの美意識は、地球の姿や人々の行為が美しいことを願い、地球上のすべての生命を繁栄に導くために、人間社会のあり方を正そうとします。

 

 この美意識による「芸術的な表現」を通じて、人々の洗練された感覚が、現代人としてのあるべき心を育て、現代社会が向かうべき方向を模索しながら、善い哲学を導く。

 

 その哲学が、道徳的で公正なルールを構築する。そして、そのルールの下で、学問に励む人々は既成の考えを疑い、新たな発見をし、健全な科学技術の発展に努める。

 

 人々の奥ゆかしい美意識が原点となって、国の仕組みに変えることで、私たち国民は、良識を持って科学の暴走を止められるようになります。それが本当の意味で、国家の憲法が掲げる主権在民と言えるものではないでしょうか?